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概要:円安にはプラスとマイナス両面があるとする政府・日銀の主張は、吉村想一さんが営むイチゴ農園の現状にぴたりと当てはまる。ビニールハウスを温める燃料や、生育に必要な肥料のコストを膨らませる一方、5年前に始めた輸出には強力な追い風だ。円相場が24年ぶりの安値まで下落した今、吉村さんはプラスの側面を生かそうと考えている。
[東京 6日 ロイター] - 円安にはプラスとマイナス両面があるとする政府・日銀の主張は、吉村想一さんが営むイチゴ農園の現状にぴたりと当てはまる。ビニールハウスを温める燃料や、生育に必要な肥料のコストを膨らませる一方、5年前に始めた輸出には強力な追い風だ。円相場が24年ぶりの安値まで下落した今、吉村さんはプラスの側面を生かそうと考えている。
10月6日 賃上げの動きが鈍い中、円安のマイナス面に目が行きがちだが、農産品、とりわけ海外から評価の高い青果物の輸出は、外国人観光客の招致と並んで円安メリットを享受できる希望の星とみられている。
イチゴの生産量日本一を誇る栃木県にある「吉村農園」(益子町)は、敷地1ヘクタールに40棟のビニールハウスを構え、「とちおとめ」や「スカイベリー」などを栽培する。年間売り上げ約5000万円のうち、1割に相当する500万円分を輸出に回している。「国内ではイチゴ12粒で3000─4000円だが、海外では1万円前後になる」と、吉村さんは言う。
収穫したイチゴは市場を介さず成田空港に直送し、翌日には香港の百貨店に届く。タイやシンガポールなど東南アジアでも需要はある。「円安はプラスになる。年明けの収穫期にまだ円安が続いていれば、だいぶ追い風になる」と、吉村さんは話す。
商品価格の高騰や供給網の制約で世界的にインフレが起き、デフレが染みついた日本でも物価が上がり始めた。日本の場合は年初から30円以上下落した円も要因に加わり、特に10月に入ってさまざまなものが値上げされた。賃上げの動きが鈍い中、円安のマイナス面に目が行きがちだが、農産品、とりわけ海外から評価の高い青果物の輸出は、外国人観光客の招致と並んで円安メリットを享受できる希望の星とみられている。臨時国会が始まった3日、岸田文雄首相は所信表明演説し、注力する分野の1つに挙げた。
福島県桑折町でモモを生産する大槻栄之さんは、「(円安に伴う)生産にかかわる肥料や出荷資材の値上がりは大きいが、分けて考えるしかない」と話す。輸出にはプラスに作用するとみており、出荷量を増やしていく考えだ。「作ったモモが輸出されることを誇りに感じる。海外の人にも甘いモモを味わってほしい」と、大槻さんは言う。
<注文殺到、輸送スペース足りず>
日本は自動車やエレクトロニクス製品が輸出の主流を占めてきたが、2000年代から政府主導で青果物をはじめとする農産品の売り込みにも力を入れてきた。訪日客が観光農園を訪れてブドウやモモ、イチゴなどを味わうことなどで、世界的に認知されてきた。21年には農産品の輸出目標額1兆円を達成。農水省によると、今年7月までの輸出額も前年同期に比べて14.3%増えた。3年後の25年には2兆円、さらに8年後の30年には5兆円と、輸出額を段階的に引き上げる青写真を描く。
アジア向けに果物などを輸出する仲卸業者の八治商店(東京・大田区)は、その波に乗ってきた1社だ。さらに今は円安が背中を押している。
青果物を扱う旧神田市場・荏原市場、水産物を商いする大森市場を統合して1989年に開設した大田市場に、当初から店を構える同社が手掛けるのは「シャインマスカット」や「ピオーネ」、「長野パープル」といったブランド品が多い。旧暦の8月15日夜の月を指す「中秋の名月」には、海外でも贈答品の需要が高まるという。
海外の顧客から注文を受けても「各航空会社が(コロナ禍)で輸送能力を減らす中で20─30パレット送るのにスペースが取れず、荷物を一気に積み込めない。同じ顧客に送るのに別便を使うこともある」と社長の長妻英樹さんは話す。「詰めるスペースがあればすべて抑えてほしいくらいの注文が殺到する」といった日もあるという。「(円安は)お客さんからみたら払う側で払いやすいし、品物も買いやすい。輸出数量は増えていくと思う」と、長妻さんは語る。
輸出を後押しする取り組みは自治体レベルにも広がり、宮崎県は今年度、需要に合った新商品の開発や輸出専用農場を設置する農業組合などに対し、最大75万円を補助する事業を始めた。群馬県では2018年以降、日本貿易振興機構(JETRO)の支援で36の中小企業がこんにゃくなどの輸出を実現した。
食糧経済に詳しい日大の下渡敏治・名誉教授は「円安になれば当然、農産物輸出にとってプラスになる」と語る。一方で、「輸出をすることで若い事業者のモチベーションが高まるなど、大きな流れになってるかというと、そうなってはいない。日本の農業の起爆剤になることを期待したい」と話す。
木村園芸(群馬県太田市)代表の木村勝和さんは、来年からの農産品輸出に備えてサツマイモ「シルクスイート」の作付けを始めた。「安納芋」や「紅はるか」と並ぶ「御三家」の1つだ。今まではホウレンソウや枝豆、小松菜をメーンに生産してきたが、輸出しづらい葉物ではなく、サツマイモの栽培を決めた。サツマイモは痩せた土地でも生育が可能な「救荒作物」とされ、高騰が続く肥料もいらない。日持ちするため輸送コストの安い船便を使える利点もある。
木村さんは、軌道に乗れば今年の3ヘクタールから来年にも10ヘクタールに、中期的には50ヘクタールに広げる構想を掲げる。「すべてが輸出というわけにもいかないが、1000トンは採れるようになる」と話す木村さん。「国や自治体の助成金の活用も視野に入れて徐々に拡大していく。将来的には、サツマイモの生産・輸出を別会社として法人化したい」と語る。
(山口貴也、梶本哲史 編集:久保信博)
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