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概要:米国の大手テクノロジー企業が、インド古来のカースト制による差別への対応を問われている。アップル は他社に先んじて、インド社会を長年にわたって分断してきた厳格な階級制度をシリコンバレーから排除する社内指針を導入した。
[オークランド(米カリフォルニア州) 15日 ロイター] - 米国の大手テクノロジー企業が、インド古来のカースト制による差別への対応を問われている。アップル は他社に先んじて、インド社会を長年にわたって分断してきた厳格な階級制度をシリコンバレーから排除する社内指針を導入した。
8月15日、米国の大手テクノロジー企業が、インド古来のカースト制による差別への対応を問われている。写真はカリフォルニア州クパティーノのアップル本社で2019年9月撮影(2022年 ロイター/Stephen Lam)
上場企業として世界最大の規模を誇るアップルは、約2年前に従業員向けの総合行動指針を改定し、人種や宗教、ジェンダー、年齢、家系といった既存のカテゴリーに加えて、カーストに基づく差別を明確に禁止した。
この件はこれまで報道されていなかったが、差別禁止のカテゴリーに「カースト」を新たに加えたことで、アップルはカースト差別を明示的に禁止していない米国の反差別法よりも1歩踏み込んだことになる。
米国のテクノロジー産業が、熟練外国人労働者の供給源として最も頼りにしているのがインドだ。アップルの行動指針改定の背景には、2020年6月に同産業を驚かせた1件がある。カリフォルニア州の雇用監督当局が、上位カーストに属する2人の上司により昇進を阻まれたとする下位カーストに属するエンジニアの申し立てを受け、ネットワーク機器大手シスコシステムズ を提訴したのだ。
シスコはこの問題を否認。社内調査では差別の証拠はなく、カーストはカリフォルニア州における「保護対象分類」ではないため、訴えの一部は根拠を欠いていると主張している。シスコはこの件を非公開の仲裁で処理することを求めたが、控訴委員会は今月これを却下し、早ければ来年にも裁判所で公開の審理が行われることになった。
この米国で初めてカースト差別をめぐって争われる雇用訴訟を受けて、大手テクノロジー企業、いわゆる「ビッグテック」は、1000年もの歴史を持つこの階級制度に向き合うことを迫られている。カースト制では、最上位となる聖職者階級「ブラフマン」から、「不可触」として蔑まれ、就ける仕事も単純労働に限られる「ダリット」に至るまで、インド人の社会的地位は家系で決まってしまう。
シスコの提訴を受け、複数の活動家や労働者団体が米国における反差別法の改正を求める動きを開始した。またテック企業に対しても、カースト差別を排除するため差別禁止規則を改定するよう呼びかける活動を始めた。
ロイターでは、インド出身の労働者数十万人を雇用している米国テック産業の差別禁止規則を検証したが、こうした取り組みの成果にはばらつきが見られる。
「各社の方針に一貫性が見られないのは意外ではない。法律が明確でない場合は、概ねそうなる」と語るのは、サウスカロライナ大学でカースト制の問題を研究するケビン・ブラウン教授(法学)。同教授は、カースト差別の禁止が最終的に米国の法律に盛り込まれるかどうか、企業幹部が確信を持てないでいることを原因の一つに挙げる。
「同じ企業の中でも、カースト差別の禁止が有意義であると主張する部門と、明確な態度を取ることが有意義だとは思えないと主張する部門があるのではないだろうか」
ロイターがアップルの社内行動指針を閲覧したところ、雇用機会の平等やハラスメント禁止の条項にカーストへの言及が追加されたのは、2020年9月以降だった。
アップルは、「カーストに基づく差別やハラスメントの禁止を強化するため、数年前に文言を改定した」と認めた。スタッフ向けの研修でも、カーストについて明確に言及しているという。
同社は、「当社のチームは、規範や研修、プロセス、リソースを継続的に評価し、包括性を保つように努めている。アップルには多様でグローバルなチームがある。そして、社内の規範や行動にもその多様性やグローバル性が反映されていることを誇りにしている」としている。
テック産業の他企業はどうか。米IBMはロイターに対し、シスコ提訴の後、従来はインド限定の規範に含まれていたカーストへの言及を、グローバルな差別禁止規則にも追加したと明かした。具体的な時期や根拠については回答を控えた。また、同社が研修の中でカーストに触れているのは、インドにおけるマネジャーを対象とする研修だけだという。
アマゾン やデル 、フェイスブックの親会社であるメタ 、マイクロソフト 、さらにはグーグル といった企業の場合、主要なグローバル指針の中にカーストへの具体的な言及はない。ロイターは、社内の従業員限定で開示されているものも含め、これら企業の指針を検証した。
各社ともロイターに対し、カーストによる偏見については「ゼロ・トレランス」の方針であり、詳細を明らかにしなかったメタを除き、そうした偏見は、家系や出身地といったカテゴリーに基づく差別を禁止する規則の対象に含まれると述べた。
<インドでも違法なカースト差別>
カーストによる差別は、インドでも70年以上前に違法となった。だが近年の複数の研究ではまだ偏見が残っているとされ、給与水準の高い職種では「ダリット」出身の人々の比率が低いとする研究もある。カーストに基づく階級構造については、宗教とも複雑に絡み合う問題だけにインド及び国外で盛んな議論が続いており、今日では差別はめったにないとする見方もある。
インド政府は国内トップクラスの大学に低位カースト出身学生の枠を確保しており、そのおかげで近年は西側諸国でテクノロジー系の仕事に就く者も多い。
ロイターが取材した米テクノロジー産業で働く20人以上の「ダリット」出身者は、差別が国外にまで追いかけてくると話す。姓や出身地、食習慣や宗教上の習慣といった出身カーストを示す手がかりによって、採用や昇進、社会活動の中で同僚から無視されることになる、という。
こうした労働者はいずれもキャリアに傷がつくことを恐れて匿名を条件に取材に応じており、ロイターでは彼らの主張について独自の裏付けを得ることができなかった。このうち2人は、カーストによる差別と見られる原因により、仕事を辞めたことがあると語った。
グーグルのソフトウェア・エンジニアで、親会社アルファベットの労働組合(AWU)の組合員として低位カーストの同僚のために尽力しているマユリ・ラジャ氏は、「米国でもカーストによる差別はかなり見られる」と語る。
ロイターでは、グーグルの労働者のうち1600人以上がスンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)に電子メールで送付した要請を閲覧した。内容は、全世界に適用される主要職場行動指針にカーストへの言及を追加するよう求めるものだ。同CEOからの回答がなかったため、先週も再送付したという。
グーグルはロイターに対し、カーストによる差別は、出身国や家系、民族による差別に該当すると強調。同社は社内指針に関する踏み込んだ説明は控えるとした。
<「ビジネスにとってマイナス」>
総合的な行動指針にカーストへの言及を加える動きは皆無ではない。
マサチューセッツ州に主要拠点の1つを置く 業界標準化団体であるワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(W3C)は、2020年7月にカースト差別を禁じる指針を導入した。過去2年間で、カリフォルニア州立大学と同州民主党もこれに続いた。
今年5月には、カリフォルニアの雇用監督当局である州公民権局も、企業向けに例示する雇用機会均等指針の標準サンプルにカーストへの言及を追加した。
だが、株式時価総額2.8兆ドル(373兆円)、フルタイムの従業員数は全世界で16万5000人以上という巨大企業アップルが動いたことのインパクトは大きい。
iPhoneで知られるアップルの公正雇用指針には現在、「募集、研修、採用、昇進において、以下に基づく差別をしない」として、18のカテゴリーを挙げている。そこには「人種、肌の色、家系、出身国、カースト、宗教、信条、年齢」、さらには障害、性的指向、ジェンダーアイデンティティが含まれる。
グッドウィン・プロクターのパートナーであるコーレイ・ビュラット氏など、雇用問題に詳しい3人の弁護士によれば、アップルとは対照的に、多くの企業は自社の主要な規範で法律の規定以上に踏み込むことに及び腰だという。
ビュラット氏は、「たいていの企業は、保護されるカテゴリーを列挙した連邦法や州法を引用するだけだ」と言う。
とはいえ、企業の中には、一部の事業だけに適用される、あるいは単に緩やかなガイドラインと見なされる副次的な指針において、さらに踏み込む動きもある。
たとえばデルの「グローバル・ソーシャルメディア指針」やアマゾンの持続可能性担当チームの「グローバル人権原則」、さらにはグーグルのサプライヤー向け行動規範には、カーストの問題が明示的に書き込まれている。
アマゾンとデルは、インド以外での新規採用者の一部を対象とした偏見対策のプレゼンテーションにおいて、カーストにも触れるようになった。両社はそうした追加の時期や理由、範囲については具体的に述べていないが、デルは、変更の時期はシスコ提訴の後だとしている。
ロイターが閲覧したアマゾン、デル両社のオンライン研修資料では、世界の一部に存在する望ましくない社会構造の1つとしてカーストが説明されている。デルの資料は、シスコに対する提訴についての報道も紹介している。
サンフランシスコのディロン・ロー・グループで雇用問題担当主任弁護士を務めるジョンポール・シンディオル氏は、研修やガイドラインでカーストに言及するだけでは法的な効力に疑問があり、この問題に関するアリバイ作りにしかならない、と言う。
こうした見方を否定するのが、エムトレインのCEOで、雇用問題に詳しい弁護士でもあるジャナイン・ヤンシー氏だ。エムトレインは、約550社の企業に向けて偏見対策の研修を提供している。
「従業員の退職や生産性低下、紛争を望んでいる企業など存在しない。ビジネスにとって良いことは1つもない」とヤンシー氏は言う。
もっともヤンシー氏は、具体的にカーストに言及すると、人事に関してカーストに基づく偏見を訴える件数が増加する可能性はある、と付け加えた。「具体的な項目を追加すると、苦情などの件数は飛躍的に増える」
アップルは、自社のカースト差別の禁止指針に基づく苦情申し立ての有無については、コメントを控えるとしている。
サウスカロライナ大学のブラウン教授は、企業がカースト差別に言及すべきかどうかをめぐる論争には、単純明快な答えはないのではないかと話す。
「最終的には法廷において解決される問題だ。今のところ、この分野はまだ揺らいでいる」とブラウン教授は指摘した。
(翻訳:エァクレーレン)
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