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概要:欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、今回のジャクソンホール会議で行った講演で、今後の世界経済では、労働市場と設備投資の双方における構造変化のために、高インフレの持続を招くリスクに注意すべきという問題提起を行った。
[東京 28日] - 欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は、今回のジャクソンホール会議で行った講演で、今後の世界経済では、労働市場と設備投資の双方における構造変化のために、高インフレの持続を招くリスクに注意すべきという問題提起を行った。
8月28日、 欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁(写真)は、今回のジャクソンホール会議で行った講演で、今後の世界経済では、労働市場と設備投資の双方における構造変化のために、高インフレの持続を招くリスクに注意すべきという問題提起を行った。フランクフルトのECB本部で7月撮影(2023年 ロイター/Kai Pfaffenbach)
このうち労働市場については、主要国を中心として、労働需要の回復にかかわらず労働供給の停滞ないし平均労働時間の減少が生じている点を指摘した。
また、設備投資に関しては、エネルギー構造の転換やサプライチェーンの再構築に伴って、世界的に今後数年で巨額の投資需要が生ずるとの見方を示した。
ラガルド総裁は、これらの結果として賃金と戦略的物資の双方の価格に上昇圧力が生じ、その影響がインフレ率の上昇へと波及するリスクを指摘した。
そこで本稿では今回の相対価格ショックの特徴や、政策運営への意味合いを検討したい。
<相対価格ショックの意味>
相対価格の変化、つまり特定の財やサービスの価格が他に比べて上下することは、経済資源の効率的な配分に向けた価格メカニズムが機能している証拠であり、本来は経済にとって望ましい現象である。
例えば、企業は賃金や特定の資源の価格が過度に高いと認識すれば、労働と資本の投入比率を変えたり、代替的な資源による生産に転換したりするはずである。
家計も、賃金の顕著な上昇に直面すれば、余暇と労働との代替を通じて労働供給を増やすことが期待される。このような資源の再配分を通じて経済成長が高まることが期待される。
これに対し、ラガルド総裁が懸念しているのは、今回の局面では労働や戦略的資源の供給の価格弾力性が大きくない可能性である。
つまり、労働需給がタイトなのに家計が労働供給を増やさないのは、人々の生活スタイルが変化したことによる可能性や、エネルギーやハイテク関連の戦略物資の供給が不安定化しているのは、東西対立の深刻化によって市場が分断されたためである可能性を指摘した。
ラガルド総裁の指摘がコロナ後の世界経済の特徴を捉えていることには異論がないとしても、こうした現象が持続的かどうかには議論の余地も残る。
例えば、先進国で人手不足が深刻なのは個人向けサービスの業種であり、主として非熟練労働に支えられているだけに、コロナ期の財政支援の効果が減衰する下で、最も問題が深刻であった米国でも労働供給に改善の兆しがみられる。
同様に、戦略物資の確保についても、先進国の企業は調達源の転換や生産拠点の再配置を進めており、一定の時間を要するとしても、供給制約の緩和に向けた効果は期待しうる。
<インフレとの関係>
そこで、より大きな問題は、今回の相対価格ショックがインフレ率の上昇に波及するかどうかである。この点には、ラガルド総裁も示唆したように二つのメカニズムが考えられる。
第1のメカニズムは「2次的効果」である。これは、賃金や戦略物資の価格の上昇に直面した企業が、コストの上昇を財やサービスの販売価格に転嫁する一方、それに伴う生活費の上昇に直面した家計が賃上げを実現することで、結果として財やサービスの価格と賃金がともに上昇する状況を指す。
先進国では価格と賃金のこうした相互作用は、契約賃金の上昇やコアサービスのインフレ率の高止まり等の形で実際に生じている。労働や戦略物資は、広範な財やサービスの生産において不可欠である以上、それらの価格上昇が2次的効果を生ずる蓋然性は存在する。
一方で、米欧でも価格と賃金とのスパイラル的な上昇が生じているわけでないし、ともに上昇率は緩やかに減速している。この点に関しては、後で見る総需要の減速やインフレ期待の安定が寄与しているものとみられる。
これに対し、第2のメカニズムはインフレ率の算出に起因する。消費者物価は、家計の消費バスケットを構成する個々の財やサービスの価格を、支出ウエイトによって加重平均することで算出される。支出ウエイトの大きな財やサービスの価格が変化すれば、インフレ率が影響を受ける。この点は携帯電話の利用料変更のケースなどで経験した通りである。
このため、賃金の影響を受けやすい個人向けサービスや戦略物資を多用する耐久財(自動車やIT関連財)の価格だけが上昇し、他の多くの財やサービスの価格が安定していても、加重平均としてのインフレ率が上昇することはありうる。
また、これらのサービスや財が家計にとって必需である場合、他の財やサービスへの需要は代替効果によって抑制されるはずだが、ラガルド総裁が示唆したように価格全般に下方硬直性があるとすれば、他の財やサービスの価格が横ばいとなることで、インフレ率の抑制に寄与しない可能性がある。
日本でも、過去25年の間には、多くの財やサービスの価格変化が前年比でゼロ付近に集中していた一方、一部の財やサービスの価格下落がインフレ率に下方圧力をかけた局面があったことが明らかになっている。こうした現象を「デフレ」と呼ぶべきかどうかには、議論の余地もある。
それでも、今次局面での事象は家計の実質購買力を実際に毀損しているだけでなく、日本でも経験したように、公表されるインフレ率の数値が家計や企業のマインドに影響してインフレ期待に作用しうる点では注意すべき内容を含んでいる。
<政策運営の課題>
これらの検討を踏まえて、相対価格ショックによる政策運営への意味合いを考えると、第1に、相対価格ショックには主としてミクロの政策が対応すべきである。
今回の局面でも、家計による労働供給の増加を促す対策、子弟の養育や高齢者の介護の負担の軽減、兼職や短時間労働の拡大、海外からの労働力の確保等は、それぞれミクロの政策の領域にある。また、戦略物資の確保や設備投資の促進も産業政策の領域である。
第2に、金融政策に求められるのはインフレ期待の安定性の維持である。
相対価格ショックがインフレに波及するいずれのメカニズムにおいても、インフレ期待の安定が重要な歯止めになる。実際、米欧の中央銀行は、政策金利の顕著な引き上げによって総需要を減速させることで、家計や企業からみた高インフレの継続の蓋然性を低下させることに成功してきた。
しかし、今後もこうした戦略がうまく行くかどうかには不透明性も残る。ラガルド総裁が提起した労働や戦略物資の供給制約は、長期化すれば総供給の成長率を低下させることにつながりうる。そうなると、総需要の低い伸びでも供給制約に頻繁に直面する結果、広範な財やサービスの価格に上昇圧力が生じやすくなるリスクもある。
今回のジャクソンホール会合に向けた流行語に即していえば、総供給の伸びの低下は自然利子率の低下につながる問題であり、同じ政策金利の水準でも引き締め効果が強まる恐れがある。
また、総需要の伸びが低い段階から、インフレ期待の上昇を防ぐために中央銀行が金融引き締めで対応しようとすれば、企業や家計、政治に対してその合理性を理解してもらうことは困難になりうる。
このように、相対価格ショックがインフレに波及するリスクがあるとしても、それは金融政策だけでは対応できず、広範なミクロ政策や産業政策との連携が必要である。
その意味でも、ラガルド総裁が講演の最後に強調したように、今後の金融政策では謙虚さが重要になる。
編集:田巻一彦
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部シニア研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。
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